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クソ辛かったバックパッカー旅行記〜地中海トレイン紀行編〜目指せグラナダ・アルハンブラ宮殿

どうもこんにちは。「セルフ世界の車窓から」のせんちょうです。

 

今回は、イタリア・ミラノからスペイン・グラナダへ移動した話です。

そう、本当に”移動”しただけなんです。しんどいし、きつかったw

 

目指すはアルハンブラ宮殿

長友ゴールから一夜明けた朝、早々とホステルを後にしてミラノ駅の電車に乗り込みました。

僕はミラノから、一路スペイン南部グラナダにあるアルハンブラ宮殿へ行くことに決めました。

 

そう、電車で。電車で乗り継ぎを経て一気に地中海沿岸を攻め、スペイン南部のあとちょっとでアフリカって位置まで移動する計画です。

 

 

 

 

これ、ほぼ3日かかりました泣

 

ここで、バックパッカー初心者の皆さんへチェックポイント12!

「ヨーロッパの移動は飛行機の方が安いし楽」

 

これね、旅行前に知っておけばよかったって思うんですけど、欧州って格安航空会社(LCC)も多く飛んでいるんですね。しかも欧州の国同士が小さくて近いので、日本の国内線のような感覚で移動できるんです。

LCCなのでチケットも安いし、1日に何便も飛んでいる。これ使っておけば楽だったなーと思いますね。

それに比べて、電車移動は乗り継ぎを調べるのも大変なんです。当時アナログ脳だった僕は、グーグルの乗り換え検索なんて当然使いませんでした。

そのかわり検索に使ったのが、トーマス・クックの欧州鉄道時刻表っていう分厚い運行スケジュール表でした。

そのスケジュール表では、一応根気よく乗り継いで行けば目的地のグラナダに着けるとプランを立てました。

しかし、日本とは状況が違う海外で鉄道の運休もしょっちゅうあるし、だいたい時刻通りに来るかどうかもわからない。一つ降りる駅間違えたら、次の日まで電車がこないというリスクもありました。

でも、飛行機という選択肢が脳みそをかすめもしなかったので、呑気に地中海制覇トレインの旅に出たのです。

この時の僕は、まだ電車での移動がこんなに厳しい旅になるとは想像していませんでした。

マジで、長かったんで要所要所かいつまんでお伝えしますw

第1の中継地・ニース

欧州鉄道時刻表を眺めていると、どう頑張ってもどこかで1日宿泊しないとダメなようでした。

まずミラノを出発し、その日のうちに行ける一番遠い場所・フランスのニースを目標に決めました。

 

フランスといえば、苦い思い出のある場所。

 

けど世界有数の避暑地で富裕層が多いと知っていたので、まあ大丈夫だろうと思い宿泊地としました。

 

ニースに着くまでは、駅に着く度に駅名と時刻表のルートがあっているかどうか確かめながら乗っていました。

結構緊張していましたねw 車内アナウンスのあったりなかったり不親切ですw

ときたま流れるアナウンスもイタリア語でさっぱりわかりません。

路線間違ったらアウトと思い、ウトウトすることもなくイタリアを抜けフランスの海岸線沿いを揺られて行きました。

 

フランス側に入ると、景色が開けるようになり視界に海が入り込むことが多くなってきました。

イタリアを電車で走っている時も海が見えることがあったんですが、なんか灰色の印象が多かったように思います。

対してフランスの海の色は、エメラルドグリーン。

 

最初はワカメ多いなって思ったのはここだけの内緒です。

 

季節は2月下旬だったのですが、ポカポカと暖かく「これが地中海か!あったけー」と思うような陽気でした。

 

さて、この日夕方には無事ニースに着きました。

食料も買い揃え、ドミトリーにチェックインして自炊開始。

ソーセージとサンドイッチ作りは、もう慣れたもんです。

 

ドミトリーの広間にはグランドピアノが置いてあり、どこかの国の青年が弾き語りしていました。

一日中鉄道に揺られ体が疲れていたので、なんとも心地よく「ああ俺、旅してるわ」などと自己満に浸っていました。

 

一人で飯を食べていたら、日本人と韓国人のフランス留学生2人組(女子)とお喋りすることに。

韓国人のほうは会話の質問がつっけんどんで、あなたの大学のランキングいくつ?とか露骨なじゃじゃ馬娘だったのを覚えてます。その度に日本人の留学生の子が「ごめんなさいね」って言ってて、日本人ホスピタリティ女神かよって感じました。

ただ、韓国も生き残り競争が本当に激しいようで、海外留学したらもうエリートとしてプライド高く生きなければみたいなことを言ってました。(ソウル大学だったかな?たしか)

そんな切実な話を、どこかの青年が奏でるピアノと共に聞きながら夜は更けて行きました。

 

 

翌日は、朝4時起き。もうつらたん。

ニース駅から夜までに一気にスペインはバルセロナに入り、そこから夜行特急でグラナダへ入る予定です。

第2の中継地・バルセロナ

日が登る前にニース駅発の電車に乗り込み、いざスペインへ。

 

このニースから地中海を沿って行くルートには、途中3回くらい乗り換えがありました。

マルセイユ駅、アヴィニョン駅、ペルピニャン駅。(記憶が正しければw)

海岸線を横目にプロバンス地方とよばれる地域を抜けていくのですが、絵画に出てくるような風景ばかりでした。

僕のじーちゃんがアマチュアの絵描きだったので、ゴッホとかセザンヌとかの絵は知っています。彼らが活躍した舞台の近くを通るたびに、なんか感心していました。

 

 

この辺りに来ると、もう冬場とは思えないくらい春が近くて、本当にポカポカ陽気な気候になっていました。

電車の移動も慣れてきたので、しばらくボーッとしながら鉄道に揺られていたのです。

 

 

 

 

こんなに陽気な地中海を旅しているけど、2ヶ月後には東京でIT会社で揉まれるのか。。

満員電車に寿司詰めにされて、かたっくるしいネクタイ締めて、社畜やんのかオレ。。。

こんなのんびりした国もあるのに、なんで日本せかせかしてんだろ?そんで不景気ってドユコト?

てなかんじで、4月から始まるであろう社会人生活への恐怖に若干おののいていました。

 

 

この時に強く思ったのが、

 

 

 

 

 

こういうことに住んでる人ってどんな生活してるんだろう?

 

 

ってことでした。

旅行では出会えても旅人としか会話できない。

その土地に住んでる人たちの生活の様子なんか全然見えてこない。オラ、スゲー興味出てきたぞ!

 

となり、気づいたら「あ、オレ海外に住みたいな」という結論に至りました。

 

 

と同時に、こんなのんびりした生活でも生きていけるのか。日本で頑張るのもいいけど、その頑張るエネルギー方向を少し変えてみたら海外でもやっていけるんじゃないかと興味が湧きました。

 

これが、僕が海外移住を意識した原体験だったように思います。

 

というか、そんな妄想をさせてくれるくらい地中海の景色がくっきりハッキリ綺麗だったんです。

 

空は雲一つないブルーで、海はエメラルドグリーン。畑はよくわからないピンク色に染まっているし、気温はあったかい。ここにワイン農家でも拵えようかなくらいには思いましたねw

そうして、揺られていくうちに夜にはバルセロナへ入りました。

 

スペイン南端グラナダへ

バルセロナに到着すると、すでに夜でした。

ケツが痛くなりかけていた欧州トレイン鉄道もいよいよ大詰めです。

ここでのハイライトは、スペイン国鉄による夜行”寝台”特急です。

深夜にバルセロナを発ち、翌朝にはグラナダに着く予定です。約7時間。

 

チケットカウンターに行くと、ギリギリ今夜の列車の座席が残っていると。

値段でおよそ2万円くらいだったと記憶しています。

「なんでそんなに高いの?」と聞くと、

 

 

 

 

 

 

 

「1等車です」と。

 

しかも

 

 

 

「2ベッドです」

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

この旅のグレードがいきなり上がりました。

というか、1部屋2ベットの列車車両ってどうゆうことや?

 

まあ、ゆっくり寝れるならいいかと思い即決!

 

いざ出発時刻になり、車内へ。

豪華な特急列車だそうで1等から3等まであるようでした。シャワーが付いている車両もあったようです。

 

自分の部屋を見てみると、2段ベットが!

 

なるほど、一部屋2人まで寝れるタイプの部屋なんですね。ちょっと大きな子供部屋って感じです。

スゲー快適。

いままで頑張って、ケツの痛みをこらえて列車に揺られてきた甲斐があった!

やっぱ、廃課金をすることによる恩恵ってありますよねw

(ちなみに1等車の僕の部屋にはシャワーは付いてませんでした。ドユコト?w)

 

 

持ち込んだワインで一杯煽り、すぐさま車内でサンドイッチクッキングタイム。

もうお手の物。It’s piace of cake.(楽勝!朝メシ前だぜ!実際は晩飯だけどな!)

 

またしてもほろ酔いで眠りにつき、翌朝、車掌の鬼ノックで起こされるという事態。

「もう列車出るので、早く降車してくださいっっ」

 

OK!ワカリマシタ!アディオス!!

 

十分イキったぼくは、やっとのことでアルハンブラ宮殿の街・グラナダへ到着したのでした。

 

 

次回は、赤の宮殿・アルハンブラ編をお送りします。

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